【マセラティ ギブリ】 〜マセラティの歴史から振り返る〜

マセラティの歴史

マセラティは1914年にマセラティ兄弟の三男・アルフィエーリによってイタリアで創業しました。創業当初はスポーツカーを専門的にチューンナップするファクトリーでした。

第一次世界大戦後、会社の株式を取得したアドルフ・オルシが経営に参画することによって本格的に乗用車の製造販売が開始します。第二次世界大戦が終了してからも、依然スポーツカーの製造を継続しており、マセラティ初の量産車であるマセラティ・3500GTが製造されるのは1957年になってからです。

この3500GTは商業的にも大きな成功を収め、以後、積極的に参加していたF1などのカーレースからも撤退し、市販車の製造に注力するようになります。

その後は経営が安定しない時期もあり、1965年にシトロエン、1974年にはプジョー、その1年後にはデ・トマソ、そして1993年に子会社にフェラーリをもつフィアットの傘下に入ったことで、経営も安定します。

現在は日本国内でも多くのマセラティを見かけることがあり、高級サルーンメーカーとしても成功を収めています。

マセラティの魅力

マセラティの魅力は何と言っても、イタリアで培われたその美しいボディと、内に秘めた見事に調整されたパフォーマンスです。見ての通りマセラティの車両ラインナップの中で、美しさが損なわれているモデルは一台もありません。非常に美しい流線型で、マセラティに特徴的なグリルがスパイスとして効いています。

メルセデス・ベンツや、BMWなどそれぞれの高級サルーンメーカーは、それぞれの特徴的なグリルを備えていますが、マセラティほど美しさとかっこよさが両立させているものはないでしょう。パフォーマンスに関しては、もともとスポーツカーメーカーであったことからどのモデルからも妥協は一切感じられません。

高級サルーンながらスポーツカー並のスペックを誇っているという点がマセラティの大きな魅力です。

マセラティ ギブリ とは


60年代半ば、マセラティは著名なイタリア人デザイナー、ジョルジェット ジウジアーロとのパートナーシップを開始しました。彼の最初のプロジェクトである8気筒ギブリは、1966年のトリノ オート ショーでデビューし、大成功を収めました。


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コメント:
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