元々はエンジン屋チューナー、日本車も手掛けたAMG

「AMG」という名前はクルマをあまり知らない人でも一度は聞いたことがあるでしょう。BMWと同郷ドイツの「メルセデス・ベンツ」の高性能モデルを指します。

日本では「ちょいワル」のイメージを持たれることも少なくありません。AMGは設立以来「究極のハイパフォーマンスモデルを追求する」決して終わりのない、ゲルマン魂を貫き通している(ハイパフォーマンスと謳ってるわりに外観の変化が少ないのも上記イメージの一因かもしれない)頑固な技術集団なのです。

悲劇をきっかけに誕生したAMG

AMG社は、1967年にレース用エンジンの設計会社として創業しました。「AMG」とは、創業者ハンス・ヴェルナー・アウフレヒト(Aufrecht)のA、エアハルト・メルヒャー(Melcher)のM、そして2人の地元のグローザスパッハ(Grosaspach)の「G」が起源となります。

世界にAMGの名を知らしめたのは、それから4年後の1971年のスパ・フランコルシャン24時間レースで当時のメルセデスのフラッグシップといえる「300SEL 6.3」に搭載された6.3L V8エンジンを6.8Lに排気量アップし250馬力から430馬力近くまでパワーアップした「300SEL AMG 6.8」でエントリーし、初陣でクラス優勝と総合2位という結果で技術力の高さを強烈にアピールしました。

因みに、当時メルセデスは、200名以上の死傷者を出した1955年ル・マン24時間レースに出場した300SLRのクラッシュの責任を取って一切のモータースポーツ活動を休止しています。
そして当時のメルセデスのモータースポーツ部門のエンジニアが、AMGを創業したハンス・ヴェルナー・アウフレヒトとエアハルト・メルヒャーでした。2人はその後も「個人的」にエンジンの開発を行っていたものの、1966年にメルセデスを退社してAMGを設立したのです。

AMG×日本車


80年代の日本車メーカーは、スポーツカーの開発に躍起になっていました。その為、欧州のスポーツカーメーカーとコラボしたモデルが相次いで登場していました。AMGも三菱自動車とコラボ、「三菱デボネアVロイヤルAMG」「三菱ギャランAMG」という日独車が誕生しました。特に「三菱ギャランAMG」は、AMGがしっかりチューニングした1台でした。ノンターボの4G63エンジンを当時として十分ハイパワーな170馬力(ベース+30馬力)を発揮しました。しかしターボ4G63(240馬力)+4WD搭載モデル「VR-4」が既に登場していたので、販売は振るわなかったそうです。

「M」に負けず劣らず


80年代後半からメルセデスがモータースポーツ活動を再開すると、AMGはメルセデスの高性能モデル・レーシングカーの開発がメインとなり、1990年に協力提携し、99年にはダイムラー・クライスラー社と合併し、2005年にはハイパフォーマンスモデルを開発する「メルセデスAMG」として新たなスタートを切りました。現在は、コンパクトモデルの「Aクラス」からメルセデスAMG独自モデル「AMG GT」まで幅広いラインナップを展開しています。特に「Aクラス」、その派生クラス「CLA」「GLA」のAMGモデルはスポーツホットハッチとして日本でも人気があります。

「AMGプロジェクトONE」はAMG・アウフレヒトの夢

昨年の9月に開催された「フランクフルトモーターショー」にてAMG創設50周年を記念したハイパーカー「AMGプロジェクトONE」が発表されました。F1マシンのメカニズムをほぼそのまま搭載した究極の1台です。既に完売しており、日本にも1台輸入されます。

AMG創業者ハンス・ヴェルナー・アウフレヒトは、メルセデスのエンジニア時代「勝利したレーシングカーをモデルにして公道を走る車を売り出すことが夢」と同僚などに語っていました。50年目にしてようやくその夢が叶いました。

(左)ハンス・ヴェルナー・アウフレヒト氏
(右)エアハルト・メルヒャー

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