元々はエンジン屋チューナー、日本車も手掛けたAMG

因みに、当時メルセデスは、200名以上の死傷者を出した1955年ル・マン24時間レースに出場した300SLRのクラッシュの責任を取って一切のモータースポーツ活動を休止しています。
そして当時のメルセデスのモータースポーツ部門のエンジニアが、AMGを創業したハンス・ヴェルナー・アウフレヒトとエアハルト・メルヒャーでした。2人はその後も「個人的」にエンジンの開発を行っていたものの、1966年にメルセデスを退社してAMGを設立したのです。

AMG×日本車


80年代の日本車メーカーは、スポーツカーの開発に躍起になっていました。その為、欧州のスポーツカーメーカーとコラボしたモデルが相次いで登場していました。AMGも三菱自動車とコラボ、「三菱デボネアVロイヤルAMG」「三菱ギャランAMG」という日独車が誕生しました。特に「三菱ギャランAMG」は、AMGがしっかりチューニングした1台でした。ノンターボの4G63エンジンを当時として十分ハイパワーな170馬力(ベース+30馬力)を発揮しました。しかしターボ4G63(240馬力)+4WD搭載モデル「VR-4」が既に登場していたので、販売は振るわなかったそうです。

「M」に負けず劣らず


80年代後半からメルセデスがモータースポーツ活動を再開すると、AMGはメルセデスの高性能モデル・レーシングカーの開発がメインとなり、1990年に協力提携し、99年にはダイムラー・クライスラー社と合併し、2005年にはハイパフォーマンスモデルを開発する「メルセデスAMG」として新たなスタートを切りました。現在は、コンパクトモデルの「Aクラス」からメルセデスAMG独自モデル「AMG GT」まで幅広いラインナップを展開しています。特に「Aクラス」、その派生クラス「CLA」「GLA」のAMGモデルはスポーツホットハッチとして日本でも人気があります。

「AMGプロジェクトONE」はAMG・アウフレヒトの夢

昨年の9月に開催された「フランクフルトモーターショー」にてAMG創設50周年を記念したハイパーカー「AMGプロジェクトONE」が発表されました。F1マシンのメカニズムをほぼそのまま搭載した究極の1台です。既に完売しており、日本にも1台輸入されます。

AMG創業者ハンス・ヴェルナー・アウフレヒトは、メルセデスのエンジニア時代「勝利したレーシングカーをモデルにして公道を走る車を売り出すことが夢」と同僚などに語っていました。50年目にしてようやくその夢が叶いました。

(左)ハンス・ヴェルナー・アウフレヒト氏
(右)エアハルト・メルヒャー


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コメント:
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