消滅した自動車メーカーその7・日本車キラーの星、サターン

日本車キラー

1980年代から1990年代前半にかけて、米国の自動車メーカーはとにかく日本車を目の敵にしていました。

燃費が良くて走りも良く、ほどほどのサイズで使い勝手も良く、円高ドル安で価格的メリットが少なくなってからは高級感まで打ち出してきますし、アメ車はデカさとパワフルさでは負けませんでしたが、それが生きるピックアップトラックやSUVの分野以外ではいい所が無かったのです。

まして、それでアメ車が日本でもウケれば良かったのですが、日本人が買う輸入車はヨーロッパのブランド車ばかり。

アメ車と言えば「走らない・止まらない・曲がらない」の三拍子揃った上に燃費も悪ければ税金が高い、日本の狭い道では使いにくいと、趣味で乗ってる人以外には見向きもされなかったのです。

それを棚に上げて輸入障壁だと避難していた米自動車メーカーでしたが、さすがにそれだけでは日本車からシェアを奪えない事もわかっていたので、日本車キラーとなるクルマを開発していました。

米国内でシェアを取り戻せるなら、日本でも売れるはずと、勇躍日本市場に乗り込んでもきたのです。

それがクライスラー ネオンと、GMが立ち上げた新興メーカー「サターン」でした。

サターンディーラーの戦略は元祖「おもてなし」

GMはサターンブランドを立ち上げると同時にサターン車の新工場を建設、さらにディーラーも全く新しい形の店舗を用意しました。

それまでの自動車ディーラーといえば、男性ばかりを相手にして女性には敷居が高く、すぐに何か売りつけようとするセールスマンは誠実さに欠けて信頼できない…と、悪評が目立っていました。

そこで従業員教育や納車セレモニー、快適に過ごせる店内など、それまでの常識を覆すような自動車ディーラーを作り上げたのです。

現代で言うところの「おもてなし」の精神で、今の日本ではレクサス店が近いのかもしれません。

そうしてまず、来店する客を不快にさせない、リピーターを増やせるディーラー網構築に目処がついたところで、満を持して第1号車、「サターンSシリーズ」が1990年にデビューしたのでした。

ぶつけても大丈夫なボディや観音開きのドア

ディーラーでの「おもてなし」や手厚いサポートで目論見通り好評を得たサターンでしたが、そのクルマ作りにも特徴がありました。

フロントマスクは印象に残るユニークなものでしたが、決して威圧感は無く、全体としては中性的なデザインのごく平凡な1.9Lの小型セダン/クーペ/ステーションワゴンです。

しかし、ボディの全てを鋼板で作るのではなく、ドアや外販の一部に樹脂パネルを使い、ちょっとした凹みなら勝手に戻るなど、非常に高い修復性を持っていました。

燃費や環境に優しい素材でホワイトカラー層にもアピールし、確実に支持を広げていたのです。

その評判は海を超えて日本に伝わり、「何か面白いクルマが日本車キラーとして売っているらしい。それは今までのアメ者とは違うようだ。」と、日本導入を望む声が高まりました。

日本車キラー再び

実のところ、サターンが日本に導入された1997年の前年には、同じく日本車キラーと言われた1.9リッターの平凡なセダン、クライスラー ネオンが日本に上陸していました。


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コメント:
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