日本輸入自動車史・その1・「明治・大正期の輸入車(1)19世紀末の日本で初走行したパナール・エ・ルヴァッソールM4」

日本の自動車史において不可欠な「輸入車」まだ国産車を作れなかった時代、国産車も作れず、輸入も制限されていた時代〜国産車全盛期〜そして現在の輸入車が確立された時期をご紹介していきたいと思います。


輸入車第1号は実に19世紀末、明治時代に遡る

「日本に自動車が持ち込まれたのはいつだろう?」というテーマについては諸説あり、近年になって判明した事実などもあるので、博物館の展示によってはまだ最終的な結論を待っているのか、あるいは展示物の見直しが間に合っていないのか、比較的古い史料を元にした展示がなされている事があります。

現在、最新の事実として「日本最古の自動車」と言えるのは1898年(明治31年)まで遡る事ができそうです。

場所は東京の築地から上野まで、そこをフランスのパナール・エ・ルヴァッソールM4型が、テスト走行を行ったのがおそらく日本初では無いか、と言われています。

記録によれば1897年11月にフランスから輸出、当時の事ですからおそらく船便でしょう。

1898年1月11日の「東京朝日新聞」(現在の朝日新聞東京版)には、石油を燃料として30km/hで走行可能な自動車1輌が、フランスのブイ機械製作所のデブネという名の技師によって見本として持ち込まれた、という記事が掲載されています。

テスト走行が同年1月31日に行われた後、同2月6日に築地から東京まで公式のデモ走行が行われたという説が今のところ有力かもしれません。

何ぶん昔の話なので定かでは無い事も多いのですが、まだ日露戦争すら勃発していない19世紀末、東京の街ゆく「クルマ」と言えば人力車や馬車、馬鉄(馬車鉄道)くらいしか走っておらず、路面電車すら無いような時代に輸入車第1号が走ったのは事実のようです。

第1号のパナール・エ・ルヴァッソールM4とはどんなクルマ?

さて、この輸入車第1号たるフランスのパナール・エ・ルヴァッソールM4とはどんなクルマかですが、まず「パナール・エ・ルヴァッソール」が社名です。

資料によっては「エ」を省いて「パナール・ルヴァッソール」と書かれている場合もあり、また現在ではさらに簡略化されてパナール社となり、現在では装甲車や装輪戦車、自走砲などを作ってフランス陸軍だけでなく各国陸軍に輸出しています。

国連軍の車両としてTVなどに出る事もあるので、それと知らずにパナール車を見ている人もいるのではないでしょうか。

その「パナール・エ・ルヴァッソール社」がドイツのダイムラーからガソリンエンジンのライセンスを購入して1890年にはフランス初のメーカーとして自動車産業に乗り出します。


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コメント:
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