国産エンジン史エコカーその1・日本車変革がマスキー法から始まる

自動車用エンジンの環境対策の歴史は浅い

平たく言えば、昔の自動車には大気汚染対策など無きに等しいものでした。

ですので、パワーを上げようと思えば大型のキャブレターで濃い燃料を大量に送り込んでどんどん燃焼させ、その結果として排ガスが多少濃くなろうとも、あまり気にする人はいなかったのです。

ですから、規格によって排気量が小さく定められた車ではひたすら高回転高出力、そうでない車は大排気量エンジンで大パワー大トルクが当たり前で、日本でもそうしてパワー競争が過熱していたのでした。

今でも「ソレックス」や「ウェーバー」といったキャブレターの名前を耳にする事があると思いますが、それらのハイパフォーマンスカー用キャブレターは、排ガス規制と無縁の時代の産物だったのです。

晴天のへきれき-マスキー法-

ところが、1970年に米国のエドムンド・マスキー上院議員の発案で、米国の「大気浄化法」に大きな改正が加えられました。

発案者の名を取り「マスキー法」と呼ばれたこの法律は、1975年以降に製造する自動車の排ガスから一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)を1971年以前のモデルの1/10へ、同じく1976年以降は窒素酸化物(NOx)を1/10にするという、非常に厳しいものだったのです。

慌てたのは米国自動車メーカーのビッグ3(GM、フォード、クライスター)で、何しろ彼らはそれまで「大排気量車で燃料をどんどん燃やして排ガスを撒き散らしている側」だったものですから、マスキー法に猛反発し、当初の厳しい規制を事実上撤廃させてしまったのでした。

独自変革の道を歩んだ日本

しかし、その間に北米市場を失う危機感を持った日本の自動車メーカーおよびその所轄官庁は独自の排ガス規制を定め、その後のアメリカでの排ガス規制を悠々クリアするようになっていきます。

そのためには、それまでの高回転高出力型エンジンから開発資源を引き上げて排ガスのクリーン化や燃費低減へ開発資源を集中する必要がありました。

そのため、一時的に日本車からはスポーツモデルが消滅したり、休止が相次ぎ、日本国内でのレース活動、ことにワークス体制で行われるようなものも停滞を余儀なくされました。

しかし、それと引き換えに手に入れた環境技術と、その後も発展していくための道筋は、日本車の大きな財産となったのです。

マスキー法クリア第一号「CVCC」

厳しい排ガス規制をクリアするためには、大きく分けて二つの方法があります。

一つはエンジン本体で今までのように「濃い燃料を送り込んで大出力を得る」方法をやめ、薄い燃料で効率的に燃焼させる方法。


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コメント:
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