国産エンジン史高級車その3・乗用車用として日本初・クラウンエイトのV8エンジン

国産エンジンの歴史をジャンル別に解説するシリーズ、高級車編その3は、現在のセンチュリーに続くトヨタの日本オリジナル高級車の始祖、クラウンエイトに搭載された日本初の乗用車用V8エンジンについてご紹介します。


かつて、日本には大排気量セダンなど量産する技術は無かった

日本の高級大型セダンと言えば1960年代までは長らくアメ車やドイツ車の時代であり、パッカードやシボレー、クライスラー、ダイムラーといった黒塗りの大型車が官公庁や大企業、富裕層では広く使われていました。

国産車はといえば、国内の自動車産業育成を目的として戦前にトヨタなどが大型公用車を作ったりはしていたものの、輸入車の模倣であり量産技術も無く、「とにかく作ってみた」の域を出なかったのです。

戦前の代表的な国産高級車として知られるトヨダ(トヨタ)AA型にしたところで直列6気筒3.4リッターOHVエンジンを搭載して、9年間でわずか500台足らずが生産されたに過ぎません。

何しろようやく量産大衆車を作れるようになったところで長い戦争の時代が始まり、ガソリンの統制で一般市民は自動車どころかロクにガソリンも買えない時代ですから、そもそも需要がありません。

しかも日本の自動車産業たるや、生産技術もさることながら資材の不足で戦車もトラックもロクに作れないような有様でしたから、戦争に負けて優秀な技術者と工場が一斉に民需、つまり自動車産業に流れたのは、日本の自動車の歴史にとっては福音でもあったわけです。

とはいえ、最初はトラック、次に商用車や小型乗用車、軽自動車と少しずつ技術を蓄積していくしかありませんでした。

戦前・戦中のトヨダAA型のような国産高級車は最初生産すら許されず、しかもアメ車と同じインチ・フィート法で作られたAA型は戦後メートル法となった日本の工業界で作るような代物ではなく、イチから出直しとなったのです。

国産大排気量セダンの道を開いたクラウンエイト

太平洋戦争の敗戦から10年が過ぎた1950年代後半より、メインはあくまでタクシー用途ながら、ようやく国産の小型フルサイズ乗用車が登場してきました。

日産 セドリック、プリンス グロリア、同 スカイライン、いすゞ ベレルなどです。

それらに先んじて1952年から生産されていた上級セダン、プリンス・セダンに続く第二弾国産セダンとして1955年に登場したのが初代トヨペット・クラウンでした。

プリンス・セダン同様に当時の小型車枠いっぱいの1.5リッターエンジンを搭載していたクラウンは、1961年に小型車のエンジン排気量上限が1900ccになると他社と共に1.9リッターエンジンを搭載したクラウン デラックスが主力となります。

しかし、1963年に日産がセドリック スペシャルに、プリンスがグロリア スーパー6に直列6気筒を搭載してくると、トヨタは一歩出遅れた形になります。

量販車への直列6気筒エンジンは2代目クラウン デラックスにM型エンジンが搭載される1965年を待たねばなりませんが、それに先んじて1964年に他社を上回るV8エンジンを搭載してきたのがクラウンエイトでした。

センチュリーのプロトタイプだった

基本的には既存車のボディをストレッチ(延長)して直列6気筒エンジン搭載と快適性向上を図ったライバルに対し、クラウンエイトは全長、全幅ともロング&ワイド化して一回り大きくしてきました。

型式からして当時の2代目クラウンがS40系だったのに対し、クラウンエイトはVG10型と全く異なっており、名前やデザインこそクラウンを踏襲しているものの、実際には全く異なるクルマである事が伺えます。

それもそのはず、VG10という型式は後の初代センチュリーがVG20という型式だった事からもわかるように、クラウンではなくセンチュリーの系譜に属する、正しくはセンチュリーのプロトタイプとして開発されたクルマだったのです。

ライバルに対してその差は歴然で、宮内庁で皇室や海外からの来賓用に特別生産された日産 プリンスロイヤルを除けば最高級車であるクラウンエイトは官公庁や大企業で輸入高級車からの代替需要が多く、発展の始まっていた国産車を使おうという要望にもマッチして好評を得ました。

国産初の乗用車用V8エンジン

そのクラウンエイトのエンジンですが、当然後のセンチュリー用エンジンのプロトタイプでもあります。

水冷V型8気筒OHVエンジン“V型”は後のセンチュリー用“3V型”の排気量3リッターより小さい2.6リッターで、日産 セドリックスペシャルの直列6気筒OHV2.8リッター、プリンス グロリアスーパー6の直列6気筒2.5リッターの中間的な排気量で、V8エンジンとしては小排気量です。

スペックこそ115馬力とおとなしめ(セドリックスペシャル用のK型2.8リッターと同じ)でしたが、まだ習作期のエンジンという事もあり、後にセンチュリー用として本格的な生産が始まる時には、燃焼室形状などが一新されてパワーアップしています。

それより特筆すべきはオールアルミエンジンだった事で、当時はまだ重かったボディ重量相殺のために軽自動車ですらアルミエンジンが存在したとはいえ、シリンダーブロックからシリンダーヘッドまでオールアルミエンジンだった事は何とも贅沢な作りでした。

このクラウンエイトと“V型”エンジンから現在に至るトヨタ高級車の歴史が始まりますが、ライバルより先に登場し、ライバルが消えた現在でもセンチュリーとして残る姿には、トヨタの先見の明と堅実な努力が伺えます。


いよいよV8エンジンまで登場した日本の高級車用エンジンですが、その後トヨタ センチュリーや日産 プレジデントのエンジンとして発展していきます。

次回はその後の国産V8エンジンをご紹介しましょう。


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コメント:
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