フォルクスワーゲンを救った「ゴルフ」はどのようにして誕生したのでしょう?

ビートルからの世代交代失敗であえぐフォルクスワーゲン

第二次世界大戦の敗戦で荒廃したドイツ(当時の西ドイツ)復興の要として大きな役割を果たした名車、ビートル(フォルクスワーゲン タイプ1)。 フォルクスワーゲン(以下VW)は事実上、そのビートルを作るためだけに再建されたと言っても過言ではありません。 実際、ビートルをベースにした「ワーゲンバス」ことタイプ2までは成功を収めたものの、ビートル後継になるはずだったタイプ3(1961年登場のVW1500/VW1600)やタイプ4(1968年登場のVW411/VW412)は大失敗に終わり、結局ビートルを継続生産せざるをえませんでした。 結果、戦後1946年に復活してから通算して20年近く経ってもビートルを作らねばならず、増産のため1964年にはアウトユニオン(現在のアウディ)を買収せねばならなかったほどです。 さらに1969年には世界初のロータリーエンジン車を市販したことで知られるNSUを買収してアウトユニオン傘下に収め、そのFF車K70をVWブランドで販売したもののこれも失敗。 ビートルが売れているうちはともかく、その後の見通しが全く立たない状況で1970年代を迎えることになりました。

ポルシェの開発したビートル後継車、EA266

しかし、当時のVW社長、ハインリヒ・ノルトホフ氏とてその苦境に打つ手が無かったわけではありません。 ビートルの改良以外何もしていないと責められれば数多くの試作車を公開するなど批判をかわしつつ、ポルシェに画期的な小型大衆車、EA266の開発を委託していたのです。 EA266は後席床下、つまりアンダーフロアミッドシップに1.6リッター直4水冷エンジンを搭載し、後輪を駆動する2BOXスタイルの小型車でした。 エンジンを床下にコンパクトに収めたためフロントのボンネット下は単なる荷室で衝突時にはクラッシャブルゾーンとして機能するため安全性が高く、重量物が車体中心に集中するためスポーツカー並のハンドリングを誇ります。 さらにボンネット下のほか、後席の後ろにも荷物を置けたので実用性も高いとみなされ、非常に実用性の高いものでした。 ただし、エンジンルームをコンパクトに収めすぎたのは後の発展性に不安がありますし、フロントが軽すぎるとハンドルに伝わるフロントタイヤの感触が薄く、フル乗車でフロントが空荷、上り坂などリアに重心が偏る時はハンドルがスカスカで不安になりそうです。

火消しのルドルフ、叫ぶ。「今すぐ作り直せ!」

一方、EA266の開発中に病没したノルトホフ氏の後任、ロッツ氏から、1971年にはルドルフ・ライディング氏がVWの3代目社長に就任していました。 1945年にVWに入社後、創意工夫を重ねて工場の発展に寄与した彼は買収したアウトユニオンでも腕を振るって製造コスト削減に成功し、VWブラジル法人でも生産量を50%も増加させていたルドルフは、「やり手の火消し人」として評価されていたのです。 そのルドルフがVW社長に就任してまず最初の仕事は、「EA266の開発をただちに中止し、新型車を開発せよ!」でした。 生産も整備も面倒で発展の余地も少ないEA266は、彼にとって我慢のならない存在だったのでしょう。 既に市販間近で多くの開発費が投じられていたEA266の白紙化は議論を呼びましたが、ルドルフは迷いなくこれを命じます。 彼にとってビートル後継となるべき理想の大衆車は、イギリスのミニやイタリアのフィアット車が既に実現していた、FF(フロントエンジン・前輪駆動)のコンパクトカーだったのです。

画期的な初代ゴルフ、誕生す

一方、その頃にはビートルがその人気も末期となっており、「ただの古臭い車」になっており、EA266の代わりとなるビートル後継車が早急に必要でした。 そこで、ルドルフは以前自身も手をかけたアウトユニオンで開発中だった初代アウディ80の設計とエンジンを流用し、さらにコンパクトな2BOXハッチバックFF車を1974年にデビューさせます。 ルドルフの社長就任からわずか3年のスピード開発でデビューしたその車こそが、初代ゴルフ。 極めて合理的でスペース効率に優れ、軽量でキビキビとよく走り、燃費も良かったゴルフはまさに「FFコンパクトカーのお手本のような車」で、世界中で大ヒットしたことからVWを救い、現在の世界一を争うVWグループの礎となりました。 4ドアセダン版のジェッタや、アウディ80の兄弟車パサートも成功したことで、VWは約30年ぶりにようやくビートルから「卒業」できたのです。 なお、日本にもゴルフはその初期から輸出されましたが、当初その見慣れないスタイルは保守的な日本では不評で、たまらず安価で投げ売りされるとユーザーの口コミなどで高い評価を受け、一気にビートルを過去の車に追いやりました。 それだけでなく、日本車でもマツダ 初代FFファミリアや日産 サニーハッチバック、トヨタ カローラFXなどゴルフの後追いモデルが登場し、現在でも作られている2BOXのFFハッチバック車の元祖となっています。 その意味で、ルドルフ・ライディング氏はまさに、VWを救っただけでなく、世界を変えた人物だったと言えるでしょう。

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