日本輸入自動車史その2・明治・大正期の輸入車 日本初の事故車

ここで4輪、と書きましたが、3輪電気自動車、というより3輪電動自転車は19世紀末に既に日本に存在したと言われているので、あくまで4輪自動車としては、という意味になります。

日本初の輸入電気自動車、ヴィクトリア号はどのようなクルマだったのか

さて、そこでヴィクトリア号とはどういうクルマだったのかという事になりますが、実はよくわかっていません。

メーカーはウッズ・モーター・ヴィハイクル・カンパニー(以下、略してウッズ社)で、1904年型ヴィクトリアと同じ諸元であれば、見かけは馬で引っ張らない馬車のようなスタイルで、3人乗り。

後席に2名乗車で、その下に2基のモーターで合計2.5馬力、4速マニュアルミッションを備えており、最高速度は29km/hだったそうです。

当時苦労して走らせば堀に落ち、当時の皇太子殿下にも遅いと言われた

さて、そのウッズ ヴィクトリアはいよいよ試運転に入るわけですが、何しろ電気自動車ですからバッテリーに充電しないといけないのは今のEVと変わりません。

もちろん都心のあちこちに充電スタンドなどあるわけも無い当時、まずは東京電灯(現在の東京電力の前身の一つ)に充電を命じたものの、直流電源で動くヴィクトリア号のバッテリーに、交流から変換充電可能な設備が無かったので断念。

結局、高田商会という商社が直流発電機を持っていたので、それを青山御所に持ち込んで充電、そのまま欧米留学帰りの高田商会の電気部長が試運転に及んだそうです。

つまり、この廣田精一なる名前の電気部長(後のオーム社創業主)が「日本で初めて自動車を運転した日本人」になりましたが、その結果は散々なものとなりました。

走り出しは快調で、電気自動車ですから音も振動も無くスルスルと走ったそうです。

しかしあまりにも音も無く走ったものですから、たまたま道に立っていた老婆が「馬が引いていない場所が走っている」と感心してボーっとしていたためそれを避けようとしてハンドルとブレーキを誤り、そのまま三宅坂の先の堀に転落してしまった、との事でした。

これには諸説あり、初日は無事に済んだものの、2日目に2tの荷物を乗せた走行試験で紀の国坂の交番に突っ込みかけたので、急ハンドルで堀に落ちたという話もあります。

いずれにせよ日本初の交通事故で堀に転落したのは確かなようですが、幸い致命傷では無かったようで、10日ほど後に当時の皇太子殿下の前で走行デモを披露。

しかし「自動車とはことのほか速度の遅きものであるか」と言われてしまい、日本初の電気自動車、そして日本人初のドライブは散々な結果に終わったのでした。


いかがでしたか?

老婆が原因で事故を起こしたくだりなどは、現在のEVにもつながる「静かすぎて危険と判断してもらえなかったり、そもそも気づいてもらえない」という問題が、100年前にもあった事になりますね。

次回は、「日本初の自動車販売会社と、初の日本人自動車オーナー」をご紹介します。


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コメント:
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