ヒトラーも認めた傑物・フェルディナント・ポルシェ博士その6〜「狂気の超重戦車」〜

ポルシェ博士はいかにして戦車を作るようになったか

ポルシェ博士が「kdfワーゲン」をベースにした軍用車両の数々を送り出したのは前回書いた通りですが、開発したのはそれだけではありませんでした。

当初、ポーランドに侵攻したくらいで世界大戦が始まるとは思っていなかった軍部は、イギリスやフランスがドイツに宣戦布告した事に慌てて、軍需の生産能力を持つ新興メーカーをかき集めいようとします。
そのひとつとしてポルシェ博士の「ポルシェ設計事務所」にも白羽の矢が立ちました。

自分の技術力を活かせるのであれば仕事は選ばない主義のポルシェ博士はそうして、戦車開発にも情熱を注ぎ込むのです。
そう、それがナチス・ドイツにとって良い事だったかどうかは別にして、ですが。

アニメで有名になった「ポルティー」

ポルシェ博士が開発して完成までこぎ着けた戦車第一号が、重戦車「ティーガーI」(ティーゲルI、またはタイガーとも呼ばれる)です。
ただし、ポルシェとヘンシェル社の競争試作という形で開発された同車は、結局ヘンシェル社のモデルが採用されたため、世に知られる「ティーゲルI」とは異なります。

ただし、ただ採用されなかった失敗作というだけでなく、実に奇妙な戦車でした。
通常の戦車はガソリンエンジンやディーゼルエンジン、または現代ではガスタービンエンジンなども使って走行しますが、ポルシェ博士の「ティーガーI」、通称「ポルシェティーガー」は違いました。

何と、2基搭載したガソリンエンジンで発電機を回し、同じく2基の電気モーターで走行するハイブリットカーだったのです。
通常の戦車では前進・後進や旋回のためのギア操作は非常に重く、力を要する操作だった事に加え、故障の原因になりやすいと考えたポルシェ博士は、「それならモーターを使って単純に前進や逆進させれば操作は楽だし、旋回もも左右のモーターの回転数を変えたり、片方を逆転させればいいだけで、構造も単純になるから壊れにくい」と考えたのです。

確かに理屈としてはその通りでしたが、発電機として選択した、ポルシェ博士が大好きな空冷ガソリンエンジンが冷却不足で頻繁にオーバーヒートする上に、発電能力不足、騒音過大と大失敗します。
試験走行ではエンジンに過大な負担をかけないよう、同行した発電車からの送電を受けて走行する有様で、おまけに足回りにも問題を抱えていたため洗車として必要な信地旋回(その場でキャタピラを左右逆転させてのターン)ができなかったのです。

近年の女子高生が競技として戦車戦を戦うアニメ「ガールズ&パンツァー」にも「ポルティー」の愛称で登場しますが、やはり段差を乗り越えられずにキャタピラが地面にめり込んだり、走行中にエンジンがオーバーヒートして火災を起こすなど、妙にリアルに描かれています。

当然不採用になった「ポルティー」ですが、ここで重大なハプニングが起こりました。
ポルシェ博士を気に入っていたヒトラー総統によって、審査の結果が出る前から90台分の生産が始まってしまっていたのです。

戦場の巨象

「ポルシェティーガー」を生産するために集められた装甲板などの資材を無駄にしないため、これを転用して重装甲の駆逐戦車が作られる事になりました。

「駆逐戦車」というのは国によって若干解釈が異なりますが、ドイツの場合は普通の戦車よりも強力な戦車砲や装甲を持つ代わりに、機動性などが若干犠牲にされた戦車の事です。
「ポルシェティーガー」の資材を利用して作られた駆逐戦車は、ポルシェ博士の名前から「フェルディナント」と名付けられます。

重装甲を活かして敵戦車の砲弾を弾き返しつつ、相手を次々と撃破する事が期待された「フェルディナント」は、強力な戦車を持つソ連軍に対抗するため東部戦線に送られ、「ティーガーI」よりも強力な88mm戦車砲によって、期待通りに敵の戦車を次から次へと撃破します。

後に、生き残った本車は武装を強化するなどの改造を受けて「エレファント」と改名し、戦争再末期にソ連軍がドイツ本国になだれこみ、ベルリンでヒトラーが自殺した時もまだベルリンで戦い続けていました。

狂気の超重戦車「マウス」

ポルシェ博士が「kdfワーゲン(後のビートル)」の開発で「自動車史上最高の技術者」の一人とし名を残す一方で、「狂気の技術者」としても知られる最大の原因が、最後に紹介する「マウス」です。

第二次世界大戦を戦っていたドイツが、1941年6月にソ連にまで攻め込んだ時、実は弱いと思っていたソ連に、「T-34」や「KV-1」など、ドイツよりも優れた戦車が多数配備されている事がわかりました。
それを知ったヒトラー総統は、主に民族的な理由(ヒトラー総統はその著書「わが闘争」で、スラブ民族を劣等民族と見下していた)から激怒し、どんな戦車にも負けない、超強力な戦車を開発せよと命じました。
もちろん、大のお気に入りであるポルシェ博士に、です。

いよいよ自分の技術力の全てを注ぎ込む時が来た!とばかりに意気込んだポルシェ博士は、とんでもない怪物を生み出します。
総重量はそれまでの重戦車の3倍以上の188トン、主砲はそれまでのどんな戦車よりも強力で巨大な128mm戦車砲、動力は「ポルシェティーガー」と同じ、ガソリンとモーターによるハイブリッドという、空前絶後の超重戦車「マウス」です。

当初、その巨体に見合う「マンムート(マンモス)」の名がつけられていましたが、超重戦車の存在を隠すため改名し、結果その名前と巨体ギャップも含めて、少し戦車に詳しい程度の人間なら、知らぬほどの無い伝説の戦車が誕生してしまいました。

しかし誕生したのはいいのですが、あまりにも資材を消費するので大量生産は不可能で、テストの段階で重すぎてまともに走行する事さえ困難な事もわかり、ついに2両作られただけで開発は放棄されました。
ポルシェ博士の技術の暴走は、こうして終わりました。

怪物達は、ベルリンでヒトラーに最後まで尽くした

1945年4月下旬、敗北を重ねたドイツの首都、ベルリンに対してソ連軍が突入しました。
それを迎え撃とうと出撃した、残り僅かな戦車の中に、数台の「エレファント」や「マウス」の姿もありました。
ドイツ第三帝国が崩壊しようとした時、アドルフ・ヒトラー総統がもっとも気に入っていた自動車技術者、ポルシェ博士の開発した怪物たちも、最後まで戦ったのです。

そして総統地下壕でヒトラーが自殺し、ナチス・ドイツが無条件した頃、ポルシェ博士はオーストリアの湖畔の町、ツェル・アム・ゼーにいました。
戦争に破れて荒廃したドイツのために、自らの仕事がこれからどれだけ影響するかを、まだ知らずに。

次回最終回は、戦後の投獄を経てドイツに帰ったポルシェ博士が、最晩年に見たものを紹介します。

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