国産エンジン史ディーゼルその2・いすゞの挑戦は続く、乗用ディーゼルの復権

それどころか、ガラガラうるさいばかりでパワーも無く、黒煙を撒き散らすディーゼルエンジンは「トラックのエンジン」として、蔑まれる存在だったとまで言えます。

オイルショックを経てディーゼル復権

しかし1973年、第一次オイルショックによってガソリン代が急騰し、それまでパワー競争をしていた各社の高性能エンジンは、マツダのロータリーエンジンを筆頭として一斉に息の根を止められます。

その高性能エンジンで争われていたレースからも撤退した各社はエンジンの高性能化と言ってもハイパワーではなく環境性能の向上、続けてそれを維持した上での実用性能の向上に開発力を向けざるを得なくなり、燃費の向上に力が注がれたのでした。

その中で生まれたのが、小さな排気量からでも大出力を生めるターボエンジン(そう、初期のターボエンジンは現在と同じように、燃費や排ガス対策として投入されました)であり、復権したのが、軽油で駆動して低回転大トルクで実用燃費も優れるディーゼルエンジンだったのです。

いすゞにディーゼルエンジン還る

一通りの排ガス対策を済ませた上で、いすゞの中型セダン「フローリアン」でいすゞ・ディーゼルが復活したのは1977年11月のことでした。

もっとも、フローリアン自体が当時デビューから10年目で、台所事情の苦しいいすゞが本格的モデルチェンジを行えない中でのテコ入れ、それもベレルの時と同様に小型トラック「エルフ」の1951ccディーゼルエンジンを転用したものでしたから、多分に間に合わせ的なモデルだった事は否めません。

それでも、他社同クラスのトヨタ・コロナマークIIや日産・ローレルに1~2年先んじてディーゼルエンジンを投入した事で市場からは好評をもって迎えられ。モデル末期ながら一時的にフローリアンの販売台数回復に貢献します。

続けて1979年にはスペシャルティクーペの名作「117クーペ」にピックアップトラック「ファスター」用の2230ccディーゼルエンジンを、小型セダンの初代「ジェミニ」に1800ccディーゼルエンジンを搭載しました。

特に「ジェミニ」へのディーゼルエンジン搭載は大成功で、1980年にはディーゼルエンジン搭載乗用車の販売台数日本一となって、80年代を通し「乗用車用ディーゼルのいすゞ」の名を轟かせることになったのでした。


次回は、ターボ化や電子制御燃料噴射などの新技術導入で実用性向上を図った、1970年代末期から1980年代の「経済性だけではない時代のディーゼルエンジン」を、各社の代表的なエンジンから紹介します。


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コメント:
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