消滅した自動車メーカー・その1「ゆけゆけトラバント!VEBザクセンリンク(東ドイツ)」

参考までに同時期の日本の同クラス車でちょうど三菱 500(1960年デビュー)、三菱コルト600(1962年デビュー)があったので比較してみますと、三菱コルト600が初期型を除くトラバントと同じ600ccエンジン(ただし空冷直列2気筒4サイクルOHV)で、トラバントは23馬力/5.5kgf・m、コルト600は25馬力/4.2kgf・mです。

動力性能としてはほぼ同レベルですが、トラバントの方が大きくて重く、居住性や荷室容量で優っているあたり、「国民車」としてはそちらの方が良かったかもしれません。

トラバントでも家族4人が乗って80km/hは出て、最高速度は100km/h前後は出たので三菱500よりちょっと速かった事になります。

三菱 コルト600より4年も早くこのレベルのクルマを作れたのですから、戦争に破れてソ連の衛星国になったとはいえ、さすがはドイツと言うべきだったのかもしれませんが、問題はそのままで1989年のベルリンの壁崩壊まで31年間も作り続けた事でした。

そう、壁が崩壊して西側製品がどっと流れ混んできた時、トラバントには競争力など無かったのです。

何とか起死回生のためトラバントに最後のモデルチェンジ!

「国民にあまり勝手に旅行されては困る」という東ドイツ当局の事情もあってトラバントの生産は進まず、ベルリンの壁崩壊時には600万台以上のバックオーダーを抱えていたと言われるトラバントですが、そんなオーダーは壁が崩壊した一晩で吹き飛びました。

危機を感じたVEBザクセンリンクはすぐさま西ドイツで立派な大衆車メーカーとなっていたフォルクスワーゲンに接触し、同クラスの大衆車「ポロ」のエンジン供給を受けてモデルチェンジを行い、旧式のラダーフレームにボディをかぶせていただけの構造を活かして、全金属製ボディのトラバント・カブリオレなども試作しています。

しかし、西ドイツの住民はそんな旧式車を買わなくても自分たちの側の大衆車を買えますし、東ドイツの住民はモデルチェンジで高価になったトラバントなど買えず、西ドイツのクルマをボロボロの中古でいいから安く買った方が得だったのです。

こうして東西ドイツが1990年に統一される頃にはVEBザクセンリンクの経営は崩壊し、1991年にはトラバントの生産ラインを閉鎖、VEBザクセンリンクはあえなく倒産してしまったのでした。

VEBザクセンリンクは倒れても、トラビは死なず

その後紆余屈折を経て、VEBザクセンリンクは現在、フォルクスワーゲングループの下請け工場、HQMザクセンリンクとして現在も存続しています。

もはや自動車メーカーでは無くなってしまいましたが、かつて作りに作ったトラバントは旧車マニアの懐古趣味にマッチしてそれなりに人気があり、現在でもかなりの数が走り続けています。

元々WRCなど国際ラリーにも参戦できたほど走行性能には素質があったので、今でもチューンドカーがゼロヨンで日産R35GT-Rに勝ってみたり、速度記録車が235km/hという東ドイツ製自動車最高速記録を作ったりと、会社は無くなっても、トラビ(トラバントの愛称)は今でも多くの人に愛されたり、東ドイツ時代を懐かしんだり、冷戦の象徴とされたり、何かと引っ張りだこで今に至っています。


いかがでしたか?

トラバントは知っていても、メーカーのVEBザクセンリンクの事まではよく知らない人も多かったのでは無いでしょうか。

次回は「そしてジムニーは残った。ホープ自動車(日本)」をご紹介します。


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コメント:
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